カテゴリー「特別支援教育」の記事

2011年3月24日 (木)

平成23年東北地方太平洋沖地震 「一緒に○○しますよ」って言ってくださると嬉しいです。

皆様がご存じのとおり、

平成23年3月11日(金)14:46頃、巨大地震が発生しました。

あれからすでに明日25日(金)で2週間になります。

現在、私は宮城県内に住み、仕事をしておりますが、

全国各地、世界各地から多くのご支援をいただき、被災者の一人として皆様には厚く御礼申し上げます。

 ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆

先日は、宮城県の石巻市内で避難所の支援をしてきました。

ここは、周りの風景を見る限り、大津波が襲ってきたことなど想像もつかないほど、のどかでした。

しかし、そこからほんの数キロ離れた地域では、

「目の前でたくさんの人が流されてしまったが、どうすることもできなかった」

「街中が、がれきの山になっている」

などと壮絶な体験をなさった方々が大勢いました。

こうしたお話を直接伺うと、報道で知る以上に悲惨さが胸に突き刺さってきました。

高速道路に接続する幹線道路などでは、富山県や石川県からの給水車、北海道からの救急車や特殊消防車、名古屋からの救急車、東海北陸地方からの電力会社の作業車など、

災害復旧支援に来てくれた車をたくさん見かけました。

本当にありがとうございます。

 ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆

お願いがあります。

「がんばれ」って言わないでください。

被災者向けのメッセージに、

「どうか、頑張ってください」

ってよくテレビやラジオで流れています。

お気持ちはありがたいのですが、ちょっと違うと思うのです。

「受験生の皆さん、頑張ってください」

って言うのも同じなんです。

 ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆

「私はこういうところを頑張るから、あなたも頑張ってね」

と、考えてほしいんです。

例えば、

食料、電気やガソリンなどが不足しています。

「一緒に節約しますよ」

って言ってくださると、こちらの被災者も嬉しいことと思います。

 ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆

おかげさまで、21世紀梨は無事でした。

ありがとうございます。

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2008年11月19日 (水)

★ 今年も初雪が降りました。

しばらくの間、記事もろくに書かず、いつのまにか雪の季節になりました。

今日は雨が降ったり、みぞれが降ったり、雪が降っていました。

雨の音がするなあって思っていて、それが静かになると雪に変わっていたりします。

うちの姪っ子は、雪が降るのを昨日の夜から楽しみにしていて、今朝になったら外が雪で真っ白になっていたので、大喜びだったみたいです。

そのとき私はまだ寝ていたのでわかりません。(-o-)

 ★   ☆   ★

父の具合は、相変わらず穏やかです。

季節の変わり目が病人にはよくないとよく言われるのですが、今度の変わり目もこの調子で乗り越えられればいいなあと思っています。

4週間に一度の点滴治療も、ずっといつもと同じ調子で続いています。

抗がん剤は、体への影響が心配ですが、ほんの少しだけ顔がむくんで見えるのと多少疲れやすい程度です。

いつまでも元気でいてほしいのはもちろんですが、現実的には父が元気なうちに自分ができることはなんだろうかと考える毎日ですね。

 ★   ☆   ★

先日まで2ヶ月ほど、久しぶりに学校の仕事をしてきました。

それはもう、楽しかったですよ。

今回の職場は、知的障害養護学校の小学部でした。

特別支援教育の世界は、あまり知られていない様子もたくさんあるのですが、なかなか楽しいところです。

子どもたちの楽しそうな笑顔を見るたびに、やっぱりお引き受けしてよかったなと、いつも感じていました。

言葉があんまり出なくても、身振りや手振りで自分の気持ちを伝えようとしたり、

こちらの働きかけを理解して行動することができたりと、

独特なコミュニケーションが展開されています。

これが伝わったときに感じる喜びは格別のものです。

帰るときに必ずアカンベーをしていく子どももいました。

もちろん、わざとですよ、あれは。

21世紀梨には、アカンベーをしてその反応を楽しもうというわけですね。

冗談が通じるほどの能力があるともいえます。

また、心が通い合って信頼関係ができている証拠でもあり、この仕事をしていて私が喜びを感じることのひとつです。

障害の程度や種類はそれぞれですが、伝わらないように見えてもそれなりの手段をもってすれば伝わるわけです。

子どもたちが同じ社会の一員として生きていくことができるように、力をつけていく支援をしていきたいと考えます。

同じ学校で働く機会が多いのですが、そろそろ新しい職場(学校)で働くのもいいかなとも考えています。

いつまでも同じところにいると、マンネリ化してくるのでR★

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2007年1月 8日 (月)

今シーズン初めての雪かきをしました。

この連休の大雪で、航空便や鉄道、道路などの影響が各地に出ていて、急に真冬らしい天気になりました。

気象庁の天気図によると、日本付近では西高東低の冬型の気圧配置になっていて、私の住む街も大雪です。

午後に一時間近く、外で家の周りの雪かきをしていました。

今シーズンの雪かきは、今日が初めてです。

それから庭の木が一本、倒れそうになっているから隣の大きな木と紐で結んでくれと親父に言われたので、自分で結んでみました。

いつもの年ならとっくに庭中が片付けた雪でいっぱいになるのですが、今シーズンは暖冬なのでまだ庭は新雪だけです。

その新雪も、20cmぐらい積もりました。

雪かきをして体を動かすと温まります。

だけど、今日のところはまだ一日目ですが、これが毎日のように続いてくると、だんだん疲れてくるんだな~。

子どものころは全くの疲れ知らずで喜んで雪遊びをしたものですが、大人はやっぱり「火の子」ですねぇ。

2シーズン前ですが、小学部の子どもを受け持っていたときに、朝から雪が降っていて、

「雪で遊ぶ! 雪で遊ぶ~!」

と言って、子どもたちがピョンピョン飛び跳ねながら元気にはしゃいでいたのを懐かしく思い出しました。

子どもは風の子、大人は火の子

この言葉、昔はぜんぜん意味がわからなかったけど、自分が「火の子」になるととてもよくわかりますね。

そうは言っても、「風の子」を相手にするときは、大人であっても一緒に「風の子」になったり、「火の子」になったりと忙しくなりますね。

早く子育てしたいですよ、ほんとに。

昼間は木の葉のように大きな雪がひらひらと降っていましたが、今は小粒の雪に変わりました。

もう外はとっぷりと日が暮れて、雪あかりです。

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2006年11月15日 (水)

ニートみたいな人(ある教え子を想う)

いました、一人。

今年の春に卒業した教え子の中に、進学も就職もしない人物がいました。

月曜日にタイヤ交換をしていたときも、彼のことを思い出していました。

この生徒、自分が知的障害の養護学校に通うことが気に入らず、そうかといって高等学校へ入学する意思もないんです。

授業についていかれるかどうかは別ですけど、途中で行かなくなって留年を繰り返す可能性もあります。

障害は軽重にかかわらず、それぞれに苦労や悩みがあるんです。

彼の障害は、ホントに障害があるの?っていうくらいに軽いです。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

インターンシップという言葉がありますが、養護学校のそれは現場実習(産業現場等における実習)と呼ばれ、もっと本格的なものです。

生徒が本物の会社へ赴いて(通勤して)仕事をします。

期間はだいたい2週間ぐらいですね。

学校の授業として行なうので、報酬はありません。

その代わり、自分がここの職場で通用するかどうかを試すことができます。

会社側との折り合いがつけば、就職も可能です。

しかしこの生徒、

「タダ働きなんか、やってられない」

と言い放ち、2週間だけの実習でも、行ったり休んだりの繰り返しでした。

学校自体も「養護学校」が気に食わないので、こちらも来たり休んだり。

しかも、自分のしたいことを表明するわけでもなく、他力本願の傾向がとても強く、卒業の3ヶ月前になっても「一寸先は闇」でした。

雇う側から考えれば、来るか来ないかはっきりしないなんて、こんな気まぐれな人間はとっても嫌がられますね。

本人にしてみれば、心が納得しないとか、安心できないこととか、自分なりの理由があるんでしょうけど、世間の風は冷たいです。

それに加えて彼は自分の心身に障害があることを認めようとしないし、障害者雇用とか障害者向けの行政サービスの存在も、利用する気がないのでまったく役に立たないのです。

ハローワークへは行く気がないし。

これは多分、不安なのでしょう。

行ったことのない所だし、知らない人ばかりだし、何をどうすればいのか、誰に何を聞けばいいのか、全然わからないから、行きたくない。

そういうことを理解してくれる人って、そんなにたくさんいないでしょうね。

「あ。仕事探し? だったらハローワークへ行けばいいじゃん」

「求人情報誌なんて、そこらへんにたくさん置いてあるじゃん」

まあ世間一般の人なら、だいたいこんな風に言う程度でしょう。

家庭ですよ、家庭。

ほったらかしていても育つ生き物もいますが、人間の場合には無理ですね。

しかも、誰でもいい筈はないでしょう。

「放任」と言わざるを得ないような家庭環境では、こうなってしまうのかも知れません。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

それで、タイヤ交換をしていたときに、

「こういうことだって、ホイホイできる筈なんだから、小遣い稼ぎをネタにして引っ張り出したいなあ」

なんて考えていました。

 カネが貰える。

 達成感を持てる。

 人の役に立つ。

 自信がつく。

いいことがたくさんあります。

お客様になってくれる人は、学校職員にたくさんいる筈です。

卒業生だし、私にとっては前任校だし、大丈夫でしょう。

稼ぎは山分け。

と、ここまではいいんですが。

問題がたくさんあります。

●まず、私が野を越え山を越え片道100キロの道のりを何度も往復するのは無理。

→ せいぜい2日間となる。

●本人がこの計画に納得しても、その日になって本当に来るかどうかがわからない。

→ そうなったら、オレ一人で作業だな。これ自体は別にいい。

→ しかも、このときは問題を洗い出して対策を考えないと意味がない。

これじゃ、リスクが大きいですねぇ。

動くに動けないこのもどかしさ。 (-o-)

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2006年6月 6日 (火)

過去の取り組み

土曜日は、3月まで働いていた学校のPTA歓送迎会でした。

立場としては、卒業生を送り出すのと同時に職場からも離れたので、「名実共に、これにてお役ご免」といった感じになるわけです。

でもねえ、そうは言っても、一年間ずっと一緒に学校生活を送ってきた教え子が去年と同じことをしていたり、先の見通しが立たない状況になっていると、やっぱり気になりますね。

たとえば身だしなみ。「恥じらい」というものは、どういう風に身についていくものなのか、私にはいまだによくわかりません。ただ、身につかなくても、年は取っていきます。そうすると、何の疑問も持たずにずれた下着(ブラジャーのストラップが肩からずり落ちる)を人前で直すんですね。靴下ならいいけど。「面倒だからここでやっちゃえ。」っていう感じでもないし。本人は、ずれたから直しているだけなんです。

これは一年間ずっと、折に触れて指摘してきたことでした。「それは恥ずかしいことなんだよ」とか、「誰もいないところ(更衣室やトイレなど)でしましょうよ」と話す一方、本人が使いこなせる下着(スポーツブラ)に交換してはと保護者に提案したこともありました。ところが・・・あれ? 今も同じことを・・・。これに関しては、この一年間の効果がなかったことになる。

ほかにも、卒業はしたけど、就職できずにただ家にいるだけっていう教え子もいるし、そうかといっても転出せずに学校にいる教員だって、新しく別の生徒を受け持つから卒業生の対応までは手が回らないこともあるだろうし、心配のネタはしっかり残っています。

いまのところ緊急性は小さいからまだいいのだけど、せっかく生まれてきたのだし、卒業生として送り出したときの担任が、「はい、さようなら」とほったらかすわけにはいかないわけです。在校生だったら、担任の教員がいるからいいけど、卒業生には連絡だけでも取って、採用試験が終わったら、多少のやり取りをしてみようかなと考えています。

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