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2008年5月 5日 (月)

料理は見るだけでなく、食べて楽しもう

食べ残しの使いまわしは船場吉兆も悪いが、たくさん注文しても食べ残している客が一部にいるのも問題だ。

料理の使いまわしは20年前から行なわれていたという報道もあった。

5~6年でも20年でも、食品衛生法に抵触しなくても、使いまわしをしていたことには代わりがない。

少なくとも、そんな料理に商品としての価値はない。

それとも高級料亭の料理というのは、接待や旅行の演出道具に過ぎないのだろうか?

食べないのに「料理」?!

食べ物なのに、「飾り」ですかい?

見るだけ、見せるだけなの?

そういえば、「きれいな料理がもったいない」という船場吉兆の言い訳も報道されていた。

確かにせっかく作った料理がそのまま残されてしまったらもったいない。

しかし使いまわしを前提に考えれば、

「どうせ食べないんだからもう一回使える」

ということかも知れない。

だったらむしろ使いまわしに価値があることになるのか?

最初から「食べ物で作った飾り」だったら使えるね。

「船場吉兆の商品は、料理ではなく飾りです。見るだけにしてください」

「お召し上がりにはならないでください、また使うんだから」

と、こういうことかね。

食べ物をオモチャにする高級料亭。

もったいない?!

そもそも、捨てるところがないぐらいに食材を使い切ることが、もったいないという考え方に沿うのではなかろうか。

 ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

さて、料理を出される側の来店客は、どうだったのだろうか。

食べることよりも、たくさんの高級料理を目の前に並べることが、目的になってはいなかっただろうか。

接待の会食だろうが、旅行商品の一部だろうが、あれもこれもとたくさんの料理が出てくることがそんなに大事なことなのか。

それじゃ、食べ切れなかった分はどうなってもいいのか。

普通に考えたら、食べ残しは捨てられてしまう。

せっかく作った料理、せっかく収穫した作物、せっかく育てた家畜、

みんな料理になったまではいいが、箸もつけられずに捨てられる。

もったいないね。

(実際には使い回していたから、次の客にもう一回出される)

そこには「いただきます」という気持ちなど、感じられない。

食べ切れる分だけ注文する、出された料理は残さず食べる、

こうした考えを忘れてしまったら、食糧自給率が極端に低いこの国は一体どうなるのだろう。

 ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

わざわざ外国から買ってきた食料もたくさんある。

それを無駄にするなんて申し訳ない。

カネを出して買ったのだから、それをどう使おうと関係ないなどと言おうものなら、生産国に失礼だ。

化石燃料の代替としてのバイオ燃料でさえ、食糧生産に影響が出ていることで、世界的に問題になっている。

世界には食糧難に苦しんでいる国や人もたくさんいる。

食糧援助があっても国民にまかないきれない国もある。

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)など、援助を受けた食糧を国民にろくに渡さず権力者だけのものになっているのではないかとよく言われる。

だから権力者はあんなに太っているとも、よく言われる。

船場吉兆と一部の来店客も、カネで世界の食糧を無駄にしているのだから似ている。

カネか権力かの違いしかない。

 ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

同じ量や質の料理でも、残食(食べ残し)があるかどうかは個人によって差があるだろう。

しかし、料理の盛りや皿数が多すぎれば残食が出るに決まっている。

見るだけでいいなら、ものづくりは料理でなくてもいい。

料理は見るだけではなく、食べて楽しみたいものだ。

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