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2006年12月 8日 (金)

弔いがありました。(人生の喜怒哀楽 その1)

11月の下旬に、弔いがひとつありました。

私にとっては祖母にあたる人で、90歳代でした。

血縁関係の上では祖母でしたが、今の立場では「元母の母」なので「元親族」という関係になっています。

大人の事情で25年ぐらい前に「親族」ではなくなっていて、その後ほとんど会うこともありませんでした。

 ☆   ★   ☆   ★   ☆

子どもだった私にとっては、とても明るく朗らかで優しいおばあさんでした。

一緒に住んでいた従姉妹をうらやましく思ったものです。

毎年秋になると一族で温泉に泊まり、夜になると添い寝してお話を聞かせてくれました。

そのお話が面白いんだねぇ。

だいたいお話の中身を考えながら、話してくれていたようです。

これこそが祖母に会う楽しみだったくらいです。

 ☆   ★   ☆   ★   ☆

最後に会ったのは、今年の夏でした。

2年前にも、「もう高齢だから」ということで、20年ぶりぐらいで会いに行きました。

そのときはまだまだ会話も普通にできるし相変わらず冗談も言っていました。

ただ、気になったのは、

「もうなんにもする気がなくなっちゃたんだよ」

という祖母の一言でした。

父方のおじいさんが亡くなる少し前、「もう冥土へいきたくなった」と父に言ったという話を、私は思い出していました。

祖母には、あのときなんて応えたんだっけ?

「ゆったり過ごしたらいいよ」

といった感じのことを話したように記憶しています。

その2年後、今年の夏に会ったときは、視力と聴力、体力はかなり落ちていたようでしたが、気は確かでした。

近づけば誰が来たのかわかります。

「おお、誰かと思ったら、あんた、○▲(21世紀梨の名前)かね~? ▲◎かとおもったよ~」

会話ボードに字を書きながら昔の話をすると、懐かしそうにニコニコして頷いてくれました。

 ★  ☆  ★  ☆  ★

そんなやり取りをしたあとだったので、心の準備ができていたんでしょうね。

気持ちが落ち込むことはそれほどなかったです。

大往生だなって思います。

寂しさを感じたのは、集まる顔ぶれが落ち着き払っていたように見えたことです。

確かに「元孫」だった自分もあんまり落ち込んではいなかったけど、周りはみんな事務的に行動しているように見えました。

そんなにみんな、自分が悲しむ姿を見せたくないんでしょうか?

すでに悲しみの峠は越えてしまったのかな?

とも思いました。

でもそれは少し早いんじゃないかね?

祖母に失礼なことはしたくないな。

と思い直した私は、すでに細長い箱に入れられた祖母を前に、次々に線香を焚きました。

「線香は絶やすな」っていいますよね?

もともと線香の役割は臭い消しのためだったんでしょうけど、蚊取り線香みたいなぐるぐる巻きの線香を使って手間を省くのは嫌いです。

焚きすぎだよと言われない程度に、たくさん焚きました。

これはお世話になった祖母への感謝の気持ちでもあります。

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

世間では、人の命にかかわる出来事がたくさん起こりますね。

飲酒運転による交通死亡事故、いじめられたことを苦にした自殺や虐待事件もまだあります。

穏やかな社会であれば起きないはずの出来事が、実際にはたくさん起きていることにむなしさを感じます。

明るい社会にしたいものです。

祖母の弔いに参列して、こうした出来事のことを思い出していました。

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