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2006年12月の記事

2006年12月26日 (火)

加藤茶さん、笑顔の記者会見

12月25日(月)、加藤茶さんが主治医とともに記者会見で、いつもの笑顔を見せてくれましたが、あの笑顔を見ると安心しますね、うれしいです。

 ★   ☆   ★   ☆   ★

加藤茶が緊急会見、大動脈解離で10時間手術

10月末に体調不良で緊急入院したタレントの加藤茶(63)が25日、東京都内で担当医を伴って記者会見し、11月に血管の大手術を受けていたことを明らかにした。経過は良好で29日にも退院するという。

 病名は、大動脈の内壁が裂ける「大動脈解離」。心臓の出口にある大動脈などを人工血管に取り換える手術は、約10時間に及んだという。

 加藤は「生死の境をさまよいました。元の加藤茶に戻るまで少し待ってください。戻ったらまた死ぬまでバカやります」と笑顔で話した。退院後も当面は療養し、復帰時期を探るという。

(2006年12月25日14時53分  スポーツ報知)

 ★   ☆   ★   ☆   ★

加藤茶さんの笑顔には、子どもの頃からずっと親しんできただけに、10月に入院なさったときは私も気がかりでした。

かつてのコントには賛否もあって、

「あんなもの、見ちゃいかん!」

と、大人に言われたことがある人も多いと思います。

だけど、

「宿題やったか?」

「お風呂、入れよ」

「歯、磨けよ」 ・ ・ ・ ・ ・

加藤茶さんのこのセリフ、歌いながらよく真似をしたものです。

一時は生死の境をさまよったとのことですが、

「お前はまだこっちへ来ちゃダメなんだよ!」

「なんでお前だけ先に来るんだよ!」

「高木も、仲本も、志村も来ていないんだから」

「まだここへ来るのは早すぎるんだよ!」

って、あの世の いかりや長介さん に言われたのでしょうね。

それにしても、やっぱり夢の向こうには笑顔ですよ。

笑顔を夢見て希望を持ち続けたいものです。

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2006年12月24日 (日)

庭木の冬支度

今日は庭木の冬支度をしました。

雪の多い地域では、木の枝や葉に雪が降り積もると、その重みで木が折れてしまいます。

そこで、木の周りに支柱を立てたり、板や覆いを取り付けたりします。

さらにそれを紐で結んで固定します。

行ったことはありませんが、金沢の兼六園が冬を迎えた様子を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。

今日は、ボタン、ブルーベリーなどの小さな木を囲んだので、簡単でした。

昼過ぎから、親父、おふくろと私の3人が一緒に庭へ出るのは久しぶりでした。

「ヲ~イ、親父ー! ここで結んでいいの?」

「もうちょっと下のほうで結んでくれ」

「おふくろ、ハサミどこ行った、ハサミ」

そんな会話をしながら、3時間ぐらいで作業は終わりました。

これで雪が降っても大丈夫でしょう。

3人そろって何かをすることは、このごろあんまりなかったので、有意義な3時間でしたよ。

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2006年12月17日 (日)

結婚式がありました(人生の喜怒哀楽 その3)

先日、大学時代の友人が結婚しました。

ドラマみたいな結婚式でしたよ。

一言でいえば、派手婚ですね。

挙式 → 披露宴 → 二次会という流れでしたが、当日は挙式に参列しました。

明るくて広~いクリスタルチャペルで、厳かに挙式が行なわれました。

新郎新婦が勤める学校の子どもたちも大勢来ていました。

指輪の交換や賛美歌のあと、チャペルの外にある階段を新郎新婦が降りていきます。

その両側に並んだ参列者が二人にフラワーシャワーを浴びせます。

二人とも終始笑顔のままで、特に学校の子どもたちの前を歩くときは、とても嬉しそうでしたよ。

しかも、さっきまで小雨だったのに、このときだけはタイミングよく止んでいました。

「あたしこういう結婚式、初めて!」

という声もたくさん聞かれました。

帰り道、また少し雨が降ってきて、あの二人はついてるなあって思ったものです。

自分のときはどうするかなあっていうのは、なるべく新婦の希望を入れようということ以外はあんまり考えないですね。

今すぐにどうこうという状態ではないので、あわてることはないんです。

だけど36歳だから、のんびりもできないのでR☆

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2006年12月14日 (木)

祖母の入院治療(人生の喜怒哀楽 その2)

11月に元祖母を見送ったすぐあと、母方の祖母が脳梗塞で入院しました。

70歳代でもまだまだ現役で、しかも一人暮らしで農業を営んできた祖母でしたが、ちょうど秋の収穫が終わったこの時期に、体に麻痺が現れました。

これまたちょうど祖母の家に来ていたうちの父と私とが、祖母と一緒に病院へ行きました。

かかりつけの医師には、

「脳梗塞の疑いがあるので、紹介状を書きますね」

と言われ、隣町の大きな病院へ行きました。

点滴や画像検査をして、医師の説明を聞く頃になると、祖母はショックで泣き出してしまいました。

入院や大病なんてしたことがないので、不安が大きかったのでしょう。

運動機能は、体の右側に麻痺があります。

歩くことや文字を書くこと、食物を飲み込むことなどが、いつもの通りにはできなくなりました。

麻痺はリハビリで回復するそうですが、祖母の場合は多少の麻痺が残ると言われました。

このままずっと車椅子の生活になるのかと心配している祖母ですが、焦らず少しずつ回復することを目指してほしいです。

元アナウンサーの山川静夫さんや、プロ野球の長嶋茂雄さんも脳梗塞を患ったそうですが、インタビュにーに応じたり表彰式に出席するまでに回復していることを心強く思います。

 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

脳梗塞は、塩分やコレステロールの摂りすぎが原因になりうる要素だと医師には言われました。

ところが、

祖母に苦労をかけたのが原因だとして、

おふくろの兄弟姉妹が 「親父に」 総攻撃をかけていました。

苦労をかけたから脳梗塞?

医学的な根拠、なし。

しかも、祖母はおふくろの親なのに、親父にですか?

なんで矛先が親父に向けられるのか?

理解できませんねぇ。・。・。・。

(・・)(。。)(・・)(。。)(・・) 

・ ・ ・ 不思議な光景 。 。 。

誰かを攻める前に、

「自分に落ち度はなかったのだろうか?」

と考えるのが筋でしょうね。

誰かを悪者にして自分が安心できるとは思えないけど、こういうときにその人の本性が現れるわけですね。

あとで謝っても、相手の記憶には残ってしまう。あのときの光景は私の記憶にもしっかり刻まれてしまいました。

自分も気をつけようと強く感じた出来事でした。

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2006年12月13日 (水)

★ 今年の漢字、1位「命」、2位「悠」、3位「生」

やってきました「今年の漢字」、この一年間は過去に発生した事件の判決なども含めると、命にまつわる出来事がたくさん起きた一年でしたから、納得された方も多いのではないでしょうか。

(以下は、読売新聞のインターネット版から引用した記事です。)

今年の漢字は「命」・・・ご出産やいじめ自殺問題など

1年の世相を表す「今年の漢字」に「命」が選ばれ、12日、京都市東山区の清水寺で、森清範貫主(せいはん・かんす)が特大の色紙に揮毫(きごう)した。

 日本漢字能力検定協会(本部・京都市)の公募に、過去最多の9万2509票が集まり、「命」は8363票だった。秋篠宮ご夫妻に悠仁(ひさひと)さまが誕生されるという明るい話題の一方、いじめ自殺や飲酒運転による死亡事故など、「命の重みを痛感した年」という理由が多かった。2位は「悠」、3位は「生」だった。

(2006年12月12日20時59分  YOMIURI ONLINE 読売新聞より引用)

引用記事のとおり、社会ではいろいろな出来事がありました。

事件や事故のほかにも、親しまれていた有名人も何人かがこの世を去っていきました。

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

個人的には、元祖母が他界して寂しくなりましたが、他にも別の祖母が脳梗塞で入院したり、父の通院治療に付き添う機会が多かったり、自分の年齢と進路を絡めて「生きること」を考えたりもしました。

前立腺がんの父は、見かけ上ではとても元気なのですが、心の中では不安でいっぱいだろうと思います。

現実的にあと何年ぐらい生きられるのかなどは、今のところはっきりしていませんが、がん患者であることに変わりはなく、本人の言動を額面どおりに受け止めるわけにはいきません。

昨日の通院に付き添ったとき、

「この先、オレが結婚する頃、親父は元気でいられるかな」

と、ふと不安になりました。

元気でいてほしい。

生まれた孫と父が戯れる姿を見たい。

「親を大事にしなさい」だなんて、学校勤務のときなどには児童生徒たちによく話したものですが、当然ながら自分も同じですね。

感謝やいたわりの気持ちを持って、親を大事にしていきます。

 ★   ☆   ★   ☆   ★

来る年の漢字は、「幸」、「笑」、「喜」などであってほしいと願う、21世紀梨でした。

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2006年12月 8日 (金)

弔いがありました。(人生の喜怒哀楽 その1)

11月の下旬に、弔いがひとつありました。

私にとっては祖母にあたる人で、90歳代でした。

血縁関係の上では祖母でしたが、今の立場では「元母の母」なので「元親族」という関係になっています。

大人の事情で25年ぐらい前に「親族」ではなくなっていて、その後ほとんど会うこともありませんでした。

 ☆   ★   ☆   ★   ☆

子どもだった私にとっては、とても明るく朗らかで優しいおばあさんでした。

一緒に住んでいた従姉妹をうらやましく思ったものです。

毎年秋になると一族で温泉に泊まり、夜になると添い寝してお話を聞かせてくれました。

そのお話が面白いんだねぇ。

だいたいお話の中身を考えながら、話してくれていたようです。

これこそが祖母に会う楽しみだったくらいです。

 ☆   ★   ☆   ★   ☆

最後に会ったのは、今年の夏でした。

2年前にも、「もう高齢だから」ということで、20年ぶりぐらいで会いに行きました。

そのときはまだまだ会話も普通にできるし相変わらず冗談も言っていました。

ただ、気になったのは、

「もうなんにもする気がなくなっちゃたんだよ」

という祖母の一言でした。

父方のおじいさんが亡くなる少し前、「もう冥土へいきたくなった」と父に言ったという話を、私は思い出していました。

祖母には、あのときなんて応えたんだっけ?

「ゆったり過ごしたらいいよ」

といった感じのことを話したように記憶しています。

その2年後、今年の夏に会ったときは、視力と聴力、体力はかなり落ちていたようでしたが、気は確かでした。

近づけば誰が来たのかわかります。

「おお、誰かと思ったら、あんた、○▲(21世紀梨の名前)かね~? ▲◎かとおもったよ~」

会話ボードに字を書きながら昔の話をすると、懐かしそうにニコニコして頷いてくれました。

 ★  ☆  ★  ☆  ★

そんなやり取りをしたあとだったので、心の準備ができていたんでしょうね。

気持ちが落ち込むことはそれほどなかったです。

大往生だなって思います。

寂しさを感じたのは、集まる顔ぶれが落ち着き払っていたように見えたことです。

確かに「元孫」だった自分もあんまり落ち込んではいなかったけど、周りはみんな事務的に行動しているように見えました。

そんなにみんな、自分が悲しむ姿を見せたくないんでしょうか?

すでに悲しみの峠は越えてしまったのかな?

とも思いました。

でもそれは少し早いんじゃないかね?

祖母に失礼なことはしたくないな。

と思い直した私は、すでに細長い箱に入れられた祖母を前に、次々に線香を焚きました。

「線香は絶やすな」っていいますよね?

もともと線香の役割は臭い消しのためだったんでしょうけど、蚊取り線香みたいなぐるぐる巻きの線香を使って手間を省くのは嫌いです。

焚きすぎだよと言われない程度に、たくさん焚きました。

これはお世話になった祖母への感謝の気持ちでもあります。

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

世間では、人の命にかかわる出来事がたくさん起こりますね。

飲酒運転による交通死亡事故、いじめられたことを苦にした自殺や虐待事件もまだあります。

穏やかな社会であれば起きないはずの出来事が、実際にはたくさん起きていることにむなしさを感じます。

明るい社会にしたいものです。

祖母の弔いに参列して、こうした出来事のことを思い出していました。

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人生の喜怒哀楽

このところ短い期間に、弔い、入院治療、結婚などの出来事が集中していました。

また、これらに付随して、さまざまな人間模様を目にすることとなりました。

弔いは90代の祖母、入院治療は70代の別の祖母、結婚は20代の大学の友人です。

それらを、これから少しずつ記事にしていきます。

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

このブログを通じて、自分のことを気にかけてくれる人がいることの喜びを感じるのでR☆

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