« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月の記事

2006年11月21日 (火)

拉致事件の映画上映で、北朝鮮拉致被害者と、わが子を思う親の立場を考える

北朝鮮による拉致事件の報道が連日のように行なわれているが、もし自分の身の上に起きていたらと考えると、事の重大さがはっきり認識できるだろう。

かつて、報道などで「北朝鮮」といえば、そのあと必ず「朝鮮民主主義人民共和国」という正式な国名が注釈としてつけられていたが、今では聞かれない。もはや周知の事実になってしまったからだろう。

これと同じように、北朝鮮による拉致事件そのものも、「慣れ」によって人々の関心が鈍くなってしまうような気がしてならない。

以下、斜体字の部分は神奈川新聞のインターネット記事から引用したものである。

めぐみさん拉致事件の映画上映/横浜

拉致被害者横田めぐみさん=失跡当時(13)=が一九七七年十一月十五日に新潟市で拉致されてから丸二十九年。めぐみさんの拉致事件に焦点を当てたドキュメンタリー映画「めぐみ-引き裂かれた家族の三十年」の試写会が二十日、横浜市西区のみなとみらい21地区の映画館で行われた。川崎市在住で、めぐみさんの救出活動に奔走してきた父親の滋さん(74)、母親の早紀江さん(70)も駆けつけ、「拉致に関心のない人こそこの映画を見てほしい」などと呼び掛けた。

 試写会は、県議会議員でつくる「北朝鮮に拉致された日本人を救う県議会有志の会」(村上健司代表)が、二十五日からの一般公開を前に、拉致問題解決の機運を盛り上げようと主催。約三百人を無料招待した。

 滋さんは上映前のあいさつで「私たちの署名活動は当初は無視されたり、署名の板が壊されることもあった」なとど、活動当初の苦労話なども披露しながら、「この映画を見れば拉致がどういうことなのかよく分かる」と訴えた。早紀江さんは「もしめぐみが自分の娘だったらどうしたか。一人の人間としてこの映画を鑑賞してほしい」と話した。

(2006/11/21 神奈川新聞  カナロコトップ > ニュース > ローカルニュース)

「もしめぐみが自分の娘だったらどうしたか」

この記事で注目したいのは、横田めぐみさんの母、早紀江さんのこの言葉である。

いかにも当事者らしい発言ではあるが、その裏には「もっと関心を持ってほしい」という気持ちがよく現れている。

映画が公開されたら、ぜひ観たいと思う。

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

ところで、私は子どものころから人と接することが苦手だった。その割には、社会に出てからというもの、人と接する仕事ばかりしてきた。

多くの人とやり取りをしていると、ときには「あ、もっとこうすればよかったな」とあとになって思うことがある。

学校の仕事なら、子どもと接していて、「自分の子どもだったらどうするか」って考えることがよくある。あまりにも考えすぎて、逆に仕事が進まなくなったこともあった。

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

北朝鮮のしていることは、まったく理解できない。情報も、どこまで本当のことなのか、すべてが嘘なのか、まるでわからない。

拉致は人権無視もはなはだしく、被害者ご本人やご家族の苦しみは計り知れない。

もし、北朝鮮で拉致にかかわっている人物が、同じ目に遭ったらどう感じるのだろうか。

「命令だから」とでも言うのだろうか。

だったら、命令している人物はどう考えているのか。

私にはまったく理解できない。

横田夫妻はお二人とも70歳を越えている。

拉致被害者全員について、一刻も早い解決を願うばかりである。

| | コメント (2)

2006年11月20日 (月)

「失神ゲーム」で暴行、海に投げ落とそうとした高校生ら3人逮捕 長崎

「人」と「物」の区別がつけられない、幼稚な犯行である。被害者と同じ目に遭ったら自分はどう感じるのか。

考えることができなかったのか、それともあえて考えないようにしていたのか。

長崎県警松浦署は18日、男子高校生(16)に、胸部を圧迫する暴行を加えたとして、強要と暴力行為法違反の疑いで長崎県松浦市の男子高校生2人=いずれも(16)=と家事手伝いの少年(17)を逮捕した。3人は高校生に対し「失神ゲーム」と呼ばれる遊びを強要したという。調べでは、3人は2日夜から3日未明にかけ、松浦市内の岸壁に男子高校生を呼び出し、失神ゲームの相手になるよう強要した上、胸部を強く圧迫した疑い。

 3人のうち、家事手伝いの少年と高校生の1人は、胸部を圧迫され意識もうろうとなった被害者の高校生を海に投げ落とそうとしたという。

 加害者の高校生2人は、被害者の高校生と同級生。(11/19 00:34)(Sankei Web 産経新聞)

「自分が同じことをされたらどう思う?」

こんな問いかけは誰でも小中学校でだいたい何度か受けている筈である。

それにもかかわらず、このような疑いがかかる者が出てくるのは、残念でならない。

いじめとの関連や何かの仕返しなどの背景があるかも知れない。

失神させた人間を海に投げ落としたらどうなるか、三途の川を渡ったら戻ってくることができないだろうことも、だいたい想像がつきそうなものだ。もちろん自分が罰せられることもである。

自分勝手に考えるから、こういう事件が発生する。

相手のことを考えることができるようになるには、必要なことは何だろう?

| | コメント (0)

2006年11月19日 (日)

高橋尚子選手が引退の危機(?)東京国際女子マラソンで3位

大会は横殴りの冷たい雨の中で行なわれたそうで、3位に甘んじた高橋尚子選手は引退するのか? ともささやかれたようです。

本人は引退を否定し、北京オリンピックへの挑戦に意欲を見せているとのことで、これからの活躍が楽しみですね。

シドニーオリンピックで優勝したときの、楽しそうな表情が忘れられないです。

やっぱり、夢はかたちにするものですねえ。

もちろん何でもかたちにできるとは限らないけど、まずは挑戦することですね。

進路にしても、恋愛にしても、そんな気持ちが、このごろの自分になくなりかけていたような気がするのでR

やっぱり希望を持たなきゃ。

| | コメント (1)

小学校の職員が偽の「いじめ自殺」メールで逮捕

初の逮捕者。

いじめ自殺、児童虐待や飲酒事故で命の大切さが取りざたされている中、とうとうこんな逮捕者が出てしまいました。

「いじめ自殺」中2名乗りメール、42歳女を逮捕

長野県警伊那署は19日未明、同県伊那市伊那部、市臨時職員平沢真奈美容疑者(42)を偽計業務妨害の疑いで逮捕した。(後略)

(2006年11月19日1時51分  YOMIURI ONLINE 読売新聞)

嘆かわしいことです。

いじめだけでも、たくさんの子どもが実際に死ぬほど悩み苦しんでいます。

若くして自ら命を絶ってしまった子どもが少なからずいる中で、

これは生命を軽んじる、下劣な犯罪です。

なんでも、この容疑者、

「むしゃくしゃしていた」

と話しているそうですが、まったく理解できません。

自己満足のためだけに、命を粗末にする作り話で多くの人に迷惑をかけるなんて、社会人としてあるまじき行為です。

こんなことになる前に、自分の心の状態を自分で管理できるようにしておくことも必要だと考えます。

| | コメント (1)

2006年11月17日 (金)

いじめの相談、のってくれるの? 話してくれるの?

いじめ、生徒の8割「教師には話さない」 相談は友人に(サンケイWebより)

教育社会学が専門の静岡大学教授のコメントが載っている。

「生徒側は『いじめは解決できない』とさめている。

教師に相談すると『自分もいじめに巻き込まれる』との不安感が強いから友人に話す」と分析。

「教師は、自分たちがとる対応の有用性を生徒に理解させるべきだ」

「話さない」理由は教師が当てにならないだけではないだろうけど、

有用な対応をとるための工夫が必要ですね。

たとえば、むやみやたらに動き回れば、

「おまえ、告げ口しただろう」

なんてことにもなるから、工夫する必要があるけど、それは当然ちょっと考えればわかることでしょう。

それにしても、教師の7割が「生徒から話を聞きたい」としているのはいいとして、

あとの3割は、一体どうするつもりなんでしょう?

何か秘策でもあるんですかね?

もしかして、「とりあえず様子を見る」の?

自分の子どものことだったら、そんなのんきなことは言わないんじゃないかね。

| | コメント (1)

藤原さんたちの結婚話とは裏腹に・・・教員や学校ってのは。

芸能界では、藤原さんの結婚や広末さんの離婚危機(?)、NHK紅白の司会などの話でにぎやかですが、おめでたい話とは裏腹に、あ、いや、広末さんは心配事ですけど、

文部科学省には、まだまだ自殺を予告する手紙が届いているんですね。

17日もさらに5通。

こういう手紙が続々と中央省庁である文部科学省へ届くということは、

教員や学校、市区町村や都道府県の教育委員会の存在が、子どもたちの眼中にない

というようにわたしには見えます。

つまり、あてにならないわけです。

教員っていうのは、自己顕示欲や支配欲が強い人が多いでしょう。

本人に悪気はないかも知れないけど、自分がサービス業であることなんて、あんまり自覚していない人が多いですね。民間でサービス業に長く携わってきた身としては、強く感じます。

あるいは、身近すぎるところへ訴えると、加害者に知られてしまうため、仕返しされる心配もありますね。

悩みに悩みぬいて、その悩みからまだ抜け出せない状態は、とても辛いことでしょうね。

それでも、何らかの形で訴えることができることは、まだいいほうでしょう。

しかも、今度の5通の中には、具体的な名前などの固有名詞が書かれているものもあるそうなので、少しずつ進歩(?)がありますね。

こうしたこと自体は良いことなんだけど、まだまだ根本的な解決にはならないですね。

いじめは個人に対する不当な攻撃です。

楽しくないと思いますね、いじめている人も。

だったら楽しいことをしたり、考えたりすればいい。

そう簡単に切り替えることはできないだろうけど、みんなが少しずつでも毎日の生活を充実させていくことができれば、いじめも減っていくでしょう。

藤原さんたちのこととか、そういうことは生活には直接関係のないことではあるけど、少しは感情移入して楽しむこともできる気がします。

子どもたちがいろんな世界に目を向けるきっかけを作ることができるような大人でありたいと考えるところです。

きっかけですよ、目を向けるためのきっかけです。

そのひとつが芸能界だったり科学技術だったりするわけです。

恋愛でもスポーツでも、なんでもいい。

笑顔ですよ、笑顔 (^o^)

| | コメント (0)

2006年11月16日 (木)

NHK紅白の司会が決まったらしい

大みそか恒例のNHK紅白歌合戦、今年の司会に中居正広さん&仲間由紀恵さんが決まったらしいです。

正式な発表はまだなので、違うかもしれないけど。

仲間さんの、「だんなさま~」なんていうセリフも聞かれるのかな?

だったら、上川隆也さんも出てくるのかね。

「千代、わしじゃ」

出場歌手の発表は今月下旬だそうです。

もうそんな時期なんですね。

早いですよ、時間がたつのが。

忙しくないのに、今日も入れて今年もあと45日しかありませんね。

トホホ (-o-)

どこかへ出かけるときに、帰り道のほうが時間の流れを早く感じてしまうのはなぜなんでしょうね。

|

早く子育てしたい。(藤原紀香さんが結婚)

藤原紀香さんが結婚するんですね~。

うらやましいです。挙式は来年の春だとか。

このごろは、自分と同年代の人がどんどん先へ進んでいくような感じがします。

だいたい物事には順番があるけど、率直に言って今一番したいのは子育てかな。

もちろん、恋愛もいいんだけど。

どっかに書いたような気もするけど、

「あ、オレ今日は早く帰って子どもを風呂に入れなきゃ」

って言ってみたいですね。

ワハハ、夜中に何を書いてるんだか。 (-o-)

|

2006年11月15日 (水)

ニートみたいな人(ある教え子を想う)

いました、一人。

今年の春に卒業した教え子の中に、進学も就職もしない人物がいました。

月曜日にタイヤ交換をしていたときも、彼のことを思い出していました。

この生徒、自分が知的障害の養護学校に通うことが気に入らず、そうかといって高等学校へ入学する意思もないんです。

授業についていかれるかどうかは別ですけど、途中で行かなくなって留年を繰り返す可能性もあります。

障害は軽重にかかわらず、それぞれに苦労や悩みがあるんです。

彼の障害は、ホントに障害があるの?っていうくらいに軽いです。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

インターンシップという言葉がありますが、養護学校のそれは現場実習(産業現場等における実習)と呼ばれ、もっと本格的なものです。

生徒が本物の会社へ赴いて(通勤して)仕事をします。

期間はだいたい2週間ぐらいですね。

学校の授業として行なうので、報酬はありません。

その代わり、自分がここの職場で通用するかどうかを試すことができます。

会社側との折り合いがつけば、就職も可能です。

しかしこの生徒、

「タダ働きなんか、やってられない」

と言い放ち、2週間だけの実習でも、行ったり休んだりの繰り返しでした。

学校自体も「養護学校」が気に食わないので、こちらも来たり休んだり。

しかも、自分のしたいことを表明するわけでもなく、他力本願の傾向がとても強く、卒業の3ヶ月前になっても「一寸先は闇」でした。

雇う側から考えれば、来るか来ないかはっきりしないなんて、こんな気まぐれな人間はとっても嫌がられますね。

本人にしてみれば、心が納得しないとか、安心できないこととか、自分なりの理由があるんでしょうけど、世間の風は冷たいです。

それに加えて彼は自分の心身に障害があることを認めようとしないし、障害者雇用とか障害者向けの行政サービスの存在も、利用する気がないのでまったく役に立たないのです。

ハローワークへは行く気がないし。

これは多分、不安なのでしょう。

行ったことのない所だし、知らない人ばかりだし、何をどうすればいのか、誰に何を聞けばいいのか、全然わからないから、行きたくない。

そういうことを理解してくれる人って、そんなにたくさんいないでしょうね。

「あ。仕事探し? だったらハローワークへ行けばいいじゃん」

「求人情報誌なんて、そこらへんにたくさん置いてあるじゃん」

まあ世間一般の人なら、だいたいこんな風に言う程度でしょう。

家庭ですよ、家庭。

ほったらかしていても育つ生き物もいますが、人間の場合には無理ですね。

しかも、誰でもいい筈はないでしょう。

「放任」と言わざるを得ないような家庭環境では、こうなってしまうのかも知れません。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

それで、タイヤ交換をしていたときに、

「こういうことだって、ホイホイできる筈なんだから、小遣い稼ぎをネタにして引っ張り出したいなあ」

なんて考えていました。

 カネが貰える。

 達成感を持てる。

 人の役に立つ。

 自信がつく。

いいことがたくさんあります。

お客様になってくれる人は、学校職員にたくさんいる筈です。

卒業生だし、私にとっては前任校だし、大丈夫でしょう。

稼ぎは山分け。

と、ここまではいいんですが。

問題がたくさんあります。

●まず、私が野を越え山を越え片道100キロの道のりを何度も往復するのは無理。

→ せいぜい2日間となる。

●本人がこの計画に納得しても、その日になって本当に来るかどうかがわからない。

→ そうなったら、オレ一人で作業だな。これ自体は別にいい。

→ しかも、このときは問題を洗い出して対策を考えないと意味がない。

これじゃ、リスクが大きいですねぇ。

動くに動けないこのもどかしさ。 (-o-)

|

2006年11月13日 (月)

タイヤ交換(冬支度)

昨日(11月12日)は、午後から雪が降りました。

そこで、今日は車のタイヤ交換をしました。

まず、冬タイヤの減り具合を見て、前と後を決めます。

減っているタイヤを後輪へ、減っていないタイヤを前輪へ割り当てます。

まあ、これは見ればわかります。

次はジャッキを使って車体を上げたりナットを緩めたり締めたりの繰り返しです。

30分もすると、全部終わりました。

よし、これにて一件落着。

と思ったとき、なんとなく左前輪のほうへ目を向けると・・・・・。

? ?? あれ? 何だこりゃ??

なんと、タイヤが潰れているではありませんか。

ぺたーっと。

緊急事態発生。

とりあえず、たったいま外したばかりの夏タイヤのうち、一番減っていないものと交換しました。

「ヲ~イ、おやじ~、このタイヤちょっと見て栗~☆」

「なんだなんだ? これはタイヤの傷じゃないね」

タイヤには傷がないんです。

そんなわけで、ガソリンスタンドへ行ってこのタイヤを見てもらうと、すぐにわかりました。

まずタイヤに空気を入れ、空気の注入口に石鹸水を吹きかけると、そこから細かい泡が出てきました。

結局、あの短い鉛筆みたいな部分を交換して、今度こそ一件落着となりました。

| | コメント (0)

三途の川の向こうから、戻ってくることはできない。

たとえそれが不本意でも、誰の人生だっていつかは幕が下りる。

好むと好まざるとにかかわらず、生きものに不老長寿はありえない。

そんな中で、人生の幕を自分から下ろす人もいる。

毎日のように自殺の報道がある。

悩んでいたんだろうなと思う。

だけど、三途の川の向こうから、戻ってくることはできない。

「生まれ変わり」という話があるが、もしそうだとしても、人格などまで同じ状態でこの世に戻ってくるわけではない。

自分では気づかないだろうね。

「オレ、3回連続でミドリムシになったことがあるんだ。」

「わたしは、7回連続でウサギだったの。」

「僕はしりとりみたいだったなあ。アザラシ → シマウマ → マントヒヒ → ヒト 」

こういう話は聞いたことがない。

今の人生は、二度とない。

だから自分から人生の幕を下ろす気はない。

そもそも、頼まなくても幕のほうから下りてくる。

まだ早いよ、それは困るよ、と言って辞退(?)しても下りてくる。

世の中には、生死の境を彷徨う人だっている。

生きたくても生きられない人もいる。

幼い頃の心臓手術で命が助かって、この日も誕生日として祝っている家庭もある。つまり、この人には誕生日がふたつある。

36年間も生きていると、それなりにいろいろな出来事がある。それでも、生きていることほど喜ばしいことはない。

7ヶ月も無職でいると面白いことも少ない。「いま何してるの?」って聞かれても、「なんにもしていない」って答えるしかない。だからあんまり人には会いたくない。

一時的にそういう生活をしていても、生きているほうがずっといい。

3年ぐらい前、10歳ぐらい若い人に、

「這い上がれるもんなら、這い上がってみろ」

って揶揄されたことがある。

♪いや、自分のことだから、おかまいなく、って思った。

その後の3年間、不定期の仕事と無職の繰り返しで、生活は安定していないけど、自分とお別れする気はない。

自分はこれからどうするのか、どうすればできるようになるのかを考える。

500円硬貨をいじくり回していると、いろいろな図形に見えてくる。

同じように、人生にもいろいろな方向が考えられる。

この繰り返しが面白いのでR★

面白がるばかりではなく、もう少し真面目に考えないと、それこそ人生の日が暮れてしまう。

達成する面白さも味わいたいところでR★

| | コメント (1)

2006年11月10日 (金)

子どもは大人のことをみんな見ている◆文部科学大臣への手紙◆

いじめの手紙、例の2通のほか、さらに4通が届いたそうです。

「どうにかしてほしい」という気持ちや、自分と向き合ってくれる人がいるという手ごたえがあるんでしょうね。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

大人でも残念ながら自殺をしてしまう人がいます。

罪を犯してしまう大人もいます。

飲酒運転、強盗、性犯罪など、自分勝手な事件が目立つようになりました。

子どもたちは、そんな大人たちの姿をすべて見ています。

すると、同じことをする子どもが出てくるわけです。

明日(11月11日)に備えて、「豊島区では・・・」という話ばかりが聞こえてきます。

どこの誰にでも起こりうることなのだから、それぞれが当事者意識を持ちたいものです。

| | コメント (0)

何かを達成させたい筈なのに、なぜこうなるのか。

周りからは、

「何をしておるんかいな」

っていう風に思えるんでしょうけど、私の行動はとてもゆっくりです。

物事に取り掛かるまでに時間がかかるとか、取り掛かっても気が散るとか、行動そのものがゆっくりだとか、いろいろあります。

自分でも気になるのですが、これといった解決の決め手や糸口はなかなか見つかりません。

これに関連して、リタリンの処方を受けたこともありますが、あれは体に合わないらしくて、効果がなかった上に副作用に悩まされました。もし、効果があれば、こんなにいいことはないくらいだったんでしょうね。劇的な変化があるそうです。

「効果的な変化は、なんにもなし」でした。

   ◆    ◇    ◆    ◇    ◆

達成感を味わうことは良いことなんでしょうけど、妙なことに、

「自分がこんなにうまく物事を成功させることができる筈がない」

あるいは

「できてはいけない」

という意識が子どものころから心のどこかにあるようなのです。

なぜそういう心理が働いているのかは、わかりません。

それに、物事が自分の希望通りになれば、喜びを感じることはできています。

だったら何かを成し遂げることに抵抗を感じるなんて、矛盾していますね。

   ◆    ◇    ◆    ◇    ◆

今までずっと卑屈だったんだなあ、と考えるようになったのは半年か一年ぐらい前からだったかなと思います。

芯が通っていない感じですね。

社会的に認められることであれば、何をしても自由なはずなのに、なんでこうなるんだろ?

| | コメント (0)

それはうちの市区町村かも知れない。

文部科学大臣へあの手紙が届いてから、時間的には4日近くたちますが、手紙の主を特定したという話は聞こえてきませんね。

発表されていないだけで、実は抜け目なく手を打っているのであれば、いいんですがね。

そうでないとしても、あの手紙を書いて大臣へ送ったことで、本人の気持ちが少しでも落ち着いていれば、その場しのぎ程度にはなるでしょう。

その間に対策を強化することもできると思います。

それにしても、郵便局の消印から、「豊」「島」の文字が読み取れたというのは別にいいけど、

だからといってその郵便局の管内に、手紙の主が住んでいるとか、通学している学校があるとは限らないことは、ちょっと考えればわかりますよね?

行動範囲がその郵便局の管内にまたがっているだけで、

もしかしたら、うちの管内とか、うちの学校かも知れないって考える人が本当にいるのかな

と、何だか疑問です。

それともこれも、発表されないだけなんでしょうか。情報ばかりが先走るのは困るけど、この件だけが慎重に扱われているとしたら、不思議な話です。

あの手紙の主に限ったことではありませんが、つらい思いをしたままこの世からいなくなってしまう子どもが一人も出ないことを心より願っています。

| | コメント (0)

2006年11月 7日 (火)

きっと、いじめは解決するよ。どうか、生きてほしい。

「いじめが原因で自殺する」という内容の手紙が文部科学省の伊吹文明大臣あてに届いたと、一部で報道されました。

あなたは、とてもつらい思いをしてきたんですね。

だから関係する人たちみんなに手紙を書いたんですよね。

こういう手紙を書かないと問題が解決されないとは、とても残念なことです。

あなたが書いた7通もの手紙をきっかけに、あなたの周りにいる人たちが、強く反省することを願っています。

周りの大人には、

「なんとかしなければ」

とすぐに問題解決のために立ち上がってほしい。

それに、いじめをしている児童・生徒には、今までの行動を考え直して、

「いじめるのはやめよう」

という考えをしっかり持ってほしい。

手紙を書いたあなたには、

 ぜひ、生きてほしい !!!

だれだって、せっかく生まれてきたんです。

自分の命も、だれかの命も、みんなかけがえのない命なんです。

こんなにつらい思いをしたまま、短い人生で終わってしまうなんて、悲しすぎるじゃありませんか。

 どうか、生きてほしい。

| | コメント (2)

2006年11月 6日 (月)

ついつい忘れるこの事実。

あ、そうだった。

人生の日も暮れるんだった。

しかも、いつ暮れるのかがわからない。

  ★   ☆   ★   ☆   ★

「日が暮れる」で、中学2年の国語で読んだ、太宰治の「走れメロス」が思い出されたので読んでみました。当時の教科担任が朗読してくださったときの教室の情景まで場面ごとによみがえってきました。

 http://www.dream-ket.com/dream/novel/meros/

 ↑ こちらで読めます。太宰治「走れメロス」

何かに、「追われている」と思うと追い詰められそうになるので、「追いかける」ことにして、まずできることからどんどん進めていくのでR★

人生は未来永劫ではない

ついつい忘れてしまう、この事実。

サッチャン さん、ありが㌧☆

| | コメント (0)

今日も日が暮れていく

だんだん秋が深まってきました。

木の葉、柿の実などがきれいです。

なんとな~く、日々を過ごしてしまうことが多い生活ですが、もちろんこれでいい筈はありませんね。

 何をするのか

 どうするのか

 どれからするのか

なんでもいいっていうことになると、かえって考えるべきことが増えますね。

考えることや判断することに、意思や力が必要な筈ですが、そのための基礎を固めないといつまでたっても進歩がないように思えます。

スポンジの上に積み木を重ねて遊ぶようなものですね。

毎日の生活や仕事で、この状態では心もとないなぁ。

頼りにならない状態の人とは、結婚生活もちょっと考えにくいと思うんです。

「まあ、完璧な人なんていないんだからさー」

と考える人は多いでしょう。自分でもそう考えますよ。

だけど、自分自身のことになると、自分に納得がいかなくなってしまう。

「あの人がこんな自分を受け入れてくれるのか」

という不安がどうしても出てきてしまう。

季節は変われど、生きていくのはやさしくはないな。

他力本願のつもりはないものの、自分の考えがなかなかまとまらない。どうすればまとまるのかな。

自分への要求レベルが高いのかね?

力を尽くすべき方向がずれているのか?

よくわからないんだなあ。

今日も日が暮れていく。

| | コメント (2)

2006年11月 4日 (土)

「まだ生活も安定していないのに結婚なんて」と考えてしまう。何もしないうちから心配ばかり。(前の記事の続き)

(前の記事の続き)

迷いや不安があると、新しい一歩というものは、なかなか踏み出せないものですね。

 就職 → 生活の安定

 出会い → 結婚 → 妊娠出産 → 育児

これから生きていく中で主なものを考えると、今のところこの2つの流れの組み合わせになると思います。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 できるの?

 どうやってするの?

 大丈夫か?

何もしないうちから心配ばかり。

このごろ、自分の将来がとても気になります。

しかも行動が伴わず、ものの見方や考えも後ろ向きになりがちになってきました。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

仕事をしているほうが、脳の働きも活発になるんでしょうね。

少しは外へ出て活動したほうがよいのかも知れません。

夢や希望も「絵に描いた餅」になってしまっては面白くない。

今の自分には、心のどこかに負い目や取り残された感があります。

「まだ生活も安定していないのに結婚なんて」

ついついこんなことを考えてしまいます。

逆にいえばこう考えることで、自分の気持ちを封じ込めているといえなくもないですね。

別の考え方をすれば、ひょっとして意中の人も強い見方になってくれていたかも知れないわけです。

しかも、相手に何かで力を貸すとかすれば、人の役に立つから自分の喜びにもなる。

そうすると、いかにいままでの自分が独りよがりだったのかがわかるような気がします。

だいたい、「意中の人」だなんて、初めから大げさに考えすぎだったかな、とも思います。

土足で踏み込むようなことをしなければ、気楽にやり取りしてもいいんだよね?

|

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »