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2006年6月の記事

2006年6月29日 (木)

<★> 父が放射線治療の折り返し点を通過しました(前立腺がん)

前立腺がんの放射線治療を進めている父のお話です。

放射線治療は全部で35回あって、平日に通院治療をしています。

今日は18回目なのでちょうど折り返し点になりました。

始めたころ、「慣れてくれば自分ひとりで大学病院まで通うだろう」と私は思っていました。

ところが、東北地方の今年の梅雨は気温が高く、車の中は日が当たって疲れやすいようです。

たまに一人で病院へ行ってくると、父は「疲れたなあ」なんて言います。

それで私が「じゃ親父、明日はオレと一緒に行くかい?」って聞くと、「うん」って答えます。

結局のところ、ほぼ毎日一緒に通っています。

それに父は、病気の不安をあまり口には出しませんが、車で私と一緒に通えば少しは気楽なのかなと思います。

だけど

実際にはやっぱり不安がある

んですね。

父が以前一緒に仕事をしていた人が、何年か前に、がんで他界しているんです。

それでその人が入院していた病院とか、お見送りをしたホールの近くを通るのはとても嫌がります。

こういうことって、理屈では説明できないんですね。

だから通院のルートには気をつけています。

さて、病の不安は少ないほうがいい。

そこで、

車の中では「♪東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ」や

「♪ミッキーマウスマーチ」などをエンドレスでかけています。

単なる私の気休め!?

 親父は「洗脳されちゃう」とか、

「おまえさ、そのうちミッキーマウスみたいに丸っこい耳が生えてくるんじゃないか?

と言って笑っています。

やっぱり笑いが一番です。

先日は、放射線治療を始めることになったほかの患者のKさんが不安そうにしていたので、父は自分が放射線治療をしている様子を話して聞かせていました。

この治療自体には、それほど苦痛は感じないようです。

Kさんも多少は安心したようで、親父もうれしそうでした。

折り返し点を記念して、帰り道には、芋ようかんを買ったのでR★  (^o^)

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2006年6月25日 (日)

みなさんいつもありがとう!

ブログの世界をめぐっていると、いろいろな記事に出会います。

表現のしかたは人それぞれですが、喜びの記事を読めば自分もうれしくなり、辛さを綴った記事を読むとあたたかさを共有したくなる。

「喜びは2倍に、悲しみは2分の1になる」とはよく言ったもので、人の心っていうのは不思議なものだなとつくづく思うのでした。

 ★  ☆  ★  ☆  ★

状況の変化に弱い私は、人づき合いの範囲が狭いです。それでも、この世界を通して自分を高めることができたり、誰かの役に立つことがあったりするのは、とてもうれしいことですね。

世の中は持ちつ持たれつなんだな。

みなさんこれからも21世紀梨をよろしくお願いします。

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2006年6月22日 (木)

偶然の再会

用事があったので、県庁へ行ってきました。

その帰り道のこと、「そういえば高校でお世話になったSY先生は、この辺にお住まいだったって聞いたよなあ」なんて18年前のことを思いながらのんびり歩いていると、

「SY商店」

と書かれた普通のお店が目に入りました。「まさかここじゃないよなあ?」それは偶然だろうと思っていたら、お店の中から見覚えのある影が・・・・・!・・・?・・!?

「おう、久しぶりだな。」とまるで一ヶ月ぶりに会ったかのような、普通の声。

 ★ とても18年ぶりとは思えない ★

あまりにも都合の良すぎる偶然に、「SY先生でいらっしゃいますよね???」と、駄目押ししてしまいました。

先生は70歳ぐらいになられたはずですが、現役時代の雰囲気そのままでした。

お世話になったのは2年間でしたが、授業で居眠りをしていると、

「誰だ!そこで寝てんの! 叩き起こせ!!!

なんて言われたものでした。

SY先生の厳格さと気さくさを併せ持つようなところや学校の仕事を楽しそうにされているところが好きで、教員の仕事もいいなあ、なんて思ったものです。

学校の恩師といえば、必ずしも良い思い出ばかりではないですが、SY先生との再会はとても懐かしく、これから良いことが起こるかなって思いたくなるほど嬉しいものでした。

自分もそんなSY先生のような教員に少しでも近づけたらと思う。

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2006年6月20日 (火)

今週前半は穏やかです。

今週は、比較的おだやかな親子関係ですね。昨日も今日も、親父を大学病院へ送っていきました。父の放射線治療は今日で11回目なのであと24回。3分の1近くが終わりました。

家庭内は、基本的に落ち着いた関係を保っています。ただ、そのときの状況しだいで、落ち着かなくなることは時々あります。そうなると先週みたいに食欲が落ちますね。

今週はまだ火曜日なので、週の後半にはどうなっているかわかりません。事なかれ主義になるつもりはないにしても、やたらに波風が立たないほうがいいのでR★

なるべくお互いが理解しやすいようにものを言うことを心がけたいところです。いろんな問題は、楽しみながら、楽しめるうちに解消したいですね。採用試験の準備もあるし。本業を見失っては夢が遠ざかってしまうので、気持ちをしっかり持ちたいものです。

先日、みけみけ さんのブログを読んでいて、アボガドを食べたくなったのでR★

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大人の影響

30年ぐらい前、両親が不仲だったので、僕ら子どもにとっては家庭が砂漠のようでした。結局、24年前の昨日、両親は離婚しました。

あの二人、遅かれ早かれ別れることになっていたのだろうと思う。離婚なんて、あって欲しくはないことだけど。それに、無理して一緒にいたって、何もいいことはなかったと思う。

離婚そのものよりも、両親の不仲のほうが、まだ小学生だった僕ら兄弟にとっては、ずっと大きな問題だった。両親はお互いにろくに口も利かず、関係は冷え切っていた。いつの間にか、こんな緊張状態になっていた。3年~5年ぐらい続いていたかと思う。

これでは、家庭の和が保たれるはずもなく、とても寂しかった。しかも、自分の両親がこんな状態になっているなんて、誰にも言えなかった。言ってはいけないような気がした。

あのころ、悩みを抱え込んで大変だったよな~って思う。だけど子どもにはどうすることもできなかった。離婚すると聞いたときも驚かなかった。子ども心に、この夫婦に未来はないことを感じていたと思う。ただ、兄や妹は別のことを考えていたかもしれない。

24年前の今日から一年ぐらいの間、親は父だけになりました。別の意味で緊張状態だったから、この日を境に家庭が平和になったわけではありませんでした。そのことはいずれ書くことにします。

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2006年6月19日 (月)

食欲が戻りました。

先週に落ちていた食欲は、おかげさまですっかり戻りました。

原因そのものは、たいしたことではないので、ツボに当たれば解消できますね。

それで、父に冗談を言ってみました。

「その、エンマ大王みたいなおっかない言い方で起こすのは勘弁してくれ」

父は、「何を言ってるんだコイツ?」って思ったかも知れないけど、これを言ったおかげで私の気分はとても軽くなりましたよ。

放射線治療の疲れで、父には気持ちの余裕があまりないので、多少のことは受け流すことができればと考えています。

簡単にはできないこともあるんだけど(^^;。。。

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2006年6月15日 (木)

本業の試験準備も進めています

このごろ、試験準備のことを話題にしていませんでしたが、こちらのほうも進めています。

今日は、養護学校小学部向けに、「国語」の指導略案を作りました。

参考にした本によれば、「認知力を高め、ことばを育てる遊び」です。

音に注目することは、ことばへの第一歩だということで、複数の教員のうち一人がカーテンの向こうに隠れて「お~い、ここだよ~」って声を出して、子どもたちが声の主を見つけ出すものです。かくれんぼと似ています。

実際にかかわってきた子どもたちをイメージしながら授業の内容を考えましたが、なかなか難しいです。考えてみれば、教員の顔が見えずに声だけが聞こえてくるっていう状況なんて、過去に私が養護学校に勤めた経験の中にはほとんどなかったんですね。

これじゃ指導案の出来上がりまでに時間がかかりすぎて、時間制限のある本番には対応できなくなるので、ほかのパターンも考えてみようと思います。それにわかりやすく表現することも私にとっては課題なので、一つのことにあんまり固執するわけにもいかないし。

日常生活では山や谷もいろいろあります。

ただ、50代や60代の親にいろいろ求めても、そんなに急に変わるなんて無理だろうし、こちらもそればかりにとらわれているわけにもいかないわけです。

そのあいだに、試験の準備をコツコツと進めていきたいところです。本番までは、あと3週間になりました。

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食欲が落ちました

食欲が落ちました。空腹なのに、それでも食べたくない。

昨日は、昼頃に病院から帰ってきた父と食事をとったほかは、あめ玉だけです。

たんぱく質やビタミンが不足しそう・・・。

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

疲れてきたかな、と思う。

父も母も、 「起きたくない」 と 「起きられない」 の区別がつけられないらしい。

相手の心への影響を考えることが苦手な人種なのだろう。

朝になって起こしてくれるときや、三度の食事で声をかけてくれるとき、ときどきカチンとくることがある。「え~オレなんかしたかな~?」

なんでもないのに(なんでもない筈なのに?)、責めるような言い方をする(ように聞こえる?)ことがある。

「その、責めるような言い方、やめてくれ」って言ったことは何度もある。すると、なんて言えばいいのか聞いてくる。だけどいくら説明しても、伝わらなかった。それに、自衛であっても朝からいちいち抗議なんかしていると不愉快だからあんまり言いたくない。特に父は病気のこともあるから、なるべく負担をかけたくない。

社会に出れば認めてもらえないような、小さなことなのだろうと思う。

家庭内で過去にいろいろあったことは仕方ないだろうけど、それが25年ぐらいたった今でも解消されていない。だから、私の家庭には基礎の中でもさらに基礎のところで、信頼関係が弱い。それで、理屈では問題にならないようなことでも、感情では大問題になる。

気にしなくて済むものなら、気にしたくない。それができれば、こんなに楽なことはない。だけどそんなに抱えきれないよなって思う。

  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

今日は昼間だったら天気も悪くないようだし、気晴らしに散歩して来ようかな。

根本的な解決には、まだまだ時間がかかりそうだし。

いつもと違うことは苦手なんだけど、のんびり過ごすなら大丈夫だと思う。

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2006年6月12日 (月)

実は自分のことも不安

ところどころのブログに顔を出して、いろいろコメントしている私ですが、実のところ、自分のことも不安です。ユキエさんの記事だったか、相手に言っていることは自分にも言っている、っていう内容があったと思います。まさにその通りですねえ。

だけど、「大変だあ~」「困ったなあ~」って騒いでいるだけでは、状況は何も変わりませんよね。

そこで、「だったらどうする」って考えることが大切になるわけです。

教員採用試験の準備をしていてこのごろ思うのは、「本当にこれでいいのかなあ?」がよくあります。

試験の内容が抽象的なので、対策を立てる時点で試験が始まっているような感じです。

     「指導案作成」 「学校における課題解決等における論述試験」

発表されているのはこれだけです。

自分が「これだ」と決めた対策で望むことになるんでしょうね。

ある程度の広さと、ある程度の深さが必要なんだろうな。

「今週はここ」、「今日はそのうちのここ」、っていうように自分でステップを作るかな。そうすれば、多少の見通しが立ってくる。

いや、それ、前に書いたんじゃなかったかな?

自分だけのことだから、ちょっとのんびりしていると、いつのまにか楽をしてしまう。

気をつけよう(^^;。。。

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2006年6月10日 (土)

情と理

今の自分にとって、生きるための原動力はどこにあるのだろう。

これまでの生活で、家庭の支えを実感することなんて、あんまりなかった。経済的なことや、物質的なことでは、親は本当によくしてくれたと思う。理屈ではとてもよくわかる。

問題は感情的なことなんだな。心の支えというものを、家庭で実感した記憶があまりない。就職にしても、私が教員になりたいというのを、両親は賛成してくれている。それはそれで、うれしく思う。

だけど、どうして賛成してくれるのか、よくわからない。特に私の父は、「権威のあるもの」への憧れが強いと思う。といっても、金持ちになれというわけではないけど。

地位とか名誉なんていう単語がどうしても見え隠れしてしまう。必ずしもそれが悪いとは言わないけど、それだけじゃつまらない。

父も母も私から見れば立派過ぎる。実務的なことは、何でもないことのように、どんどんこなしていく。がむしゃらに、とことん貫き通すって感じ。だけどこの二人、家庭内の人間とコミュニケーションを図ることってあんまり得意じゃないんだね。

   寂しさを感じる・・・・・。

こういう文章を書いていると、「締めくくりだけでも、できるだけ明るくしよう」なんて、今までずっと思ってきたけど、無理はしないことにしよう。

生きていくのは楽なことばかりではないのだから、たまには自分を守ってもいいよね。

「無理しないようにね」って、私にとってはこのことだったのかも知れない。

昨日は東北南部も梅雨入りしたことだし。そりゃ関係ないけど。

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2006年6月 9日 (金)

<★> 父と一緒に放射線通い(前立腺がん、「まだ」ではなく「もう」)

金曜日なので、今週の放射線治療は今日で終わりです。

週に1~2回ぐらいは一緒に行こうかなと思っていたけど、火曜日からの4日間連続で毎日病院まで親父を送っていきました。

前立腺に放射線を当てるので、下腹部の毛を剃って目印のインクをつけます。

この心理的な負担や、放射線を体に当てることへの不安があるだろうから、今週はずっと一緒に通いました。

放射線の照射そのものは短時間なんだけど、毎日だし全部で35回なので、今日が4回目であと31回あります。

本人は治療回数のことを意図的に

「まだ」

ではなく

「もう」

と言っています。

今日は行きも帰りも車の中で時々眠っていたので、やっぱり疲れているんでしょうね。

これまではずっとホルモン療法を続けてきて、新しい治療を始めるのは久しぶりだったし。

慣れてくれば一人で通院するようになるだろうけど、来週はどうかな。

採用試験の準備もあるし、率直に言って親父と一緒にいるのもあんまり長くなるとこっちも疲れるし。

自分の心理的負担のこともだんだん気になってきましたよ。

一緒に行くのは毎日ではなくてもいいと思うけど、来週はそのときしだいですね。

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子育て支援

うちの両親が市の子育て支援をしているので、昨日(6/8木)の午後は同じ市内の子どもを父と一緒に預かりました。1歳の女の子です。なかなか楽しかったですよ。2時間ぐらい一緒に過ごしました。

パソコンの画面にディズニーのホームページを出したり、CDでミッキーマウス・マーチを流すと、喜んで手拍子を打っていました。音楽っていうのは面白いですね~。世界だけでなく、世代を越えて一緒に楽しめます。

大人の世界では、社会の流行っていうものがあるけど、子どもの感性にはあんまり関係ないところも面白いです。今ではなかなか手に入らない、「たれぱんだ」のぬいぐるみを見つけて手を伸ばしていたので、渡してみたら喜んで抱っこしてました。

台所で食器洗いをしていると、今日初めて会ったばかりなのに、私のところへ寄ってきます。これは面白いなと思って、米研ぎを一緒にしてみました。米びつから米を一合だけ出して内釜に入れてみせると、次は私といっしょに内釜へ入れました。「おお、できたね~、パチパチ」って言うと、彼女も小さな手をパチパチってしていました。

おにぎりを持ってきていて、プラスチックのスプーンで少しずつ食べていました。ときどき私の口にも入れてくれました。これがなかなかおいしかったです。

おかあさんが感性豊かな人なんですね。うちの庭にいろんな草花を見つけて、それはそれは楽しそうにしていました。

きっとこの子は伸び伸びと育っていくんだろうなあ。ちょっと羨ましいです。少し前に仕事の参考になればと育児雑誌を読んでいたのがなつかしい。

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2006年6月 7日 (水)

★ 明日も行ってきます。

ユキエ さん、サッチャン さん、みゃんみゃん さん、コメントをどうもありがとう。

結局、明日も父と一緒に大学病院へ行くことにしました。

多分、金曜日も行くだろうけど。

県庁も近いので、教員採用試験の手続きもして来ようと思います。

第一志望は首都圏のほうですが、地元の試験も受けるので、ついでに行けばちょうどいい。

準備はバリバリやりたいところですが、あんまり無理をすると途中でコケるのが見え見えなので、コツコツと進めていきます。

部屋の窓から高校時代に何度か登った山も見えるし、いい気晴らしになりますよ。

やっぱり緑が見えると落ち着きますね。

親父は車の中でも、家の中でも、よくしゃべりますよ~。

口から生まれたとはこういう感じかって思うくらいですね。

病の心配があるからなんでしょうね。

それでも、気持ちの落ち込みは見られないから、周りも落ち着いていられます。

気難しいところが正直言って面倒だけど。

なんだか、話したい内容を一生懸命に思い出しながら話すので、憎めないんだな(^^;。・。・。・。・。・。

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<★> 放射線治療2日目です(前立腺がん)。

今日も親父と一緒に大学病院へ行きました。

放射線の治療は毎日です。
昔の大病院のイメージでは、「一日がかり」ですが、今は改善がどんどん進んで、診察がなければすぐに終わります。

治療の待ち時間のほうが、会計処理の待ち時間よりも短いくらいですね。放射線の場合はですよ。

年を取ればだんだん心細くなるようで、昨日の夜に、「親父、明日も一緒に行こうか?」と言ったら素直に喜んでくれました。

行き帰りの車の中で、いろんな話もできるし、なかなかいい感じです。

そんなわけで、午後は採用試験の準備をすることにします。本番まで、あと一ヶ月になりました。

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2006年6月 6日 (火)

<★> 親孝行(父親の放射線治療)

今日から父親の放射線治療がスタートしました。

前立腺がん(前立腺癌)なのですが、今まではホルモン療法をしていました。

今回は、進行しない今のうちに積極的な治療をしようというわけです。

それで、大学病院まで一緒に行きました。

親父の場合は、発見が早かったし、診断を受けてから3年以上もたっているせいか、普段は落ち着いています。

それに前立腺癌の場合は、病気の進行が比較的遅いので、日常生活にもあんまり支障がありません。

だから月に一度の治療では一人で行くことが多いです。

ただやっぱり、新しいことを始めるのだから、気休めにでもなればいいなと思って、二人で行きましたよ。

廊下で順番を待っていると、頭の毛が全然ない人もいて、「薬の副作用かなあ」って思ったりもするのですが、失礼になるからまさか聞くわけにもいかないし、かといって普通にしているのもなんだか落ち着かなかったですね。

これから、7月下旬まで平日は毎日通院するのですが、週に1~2回は一緒に行こうかなと考えています。

そのほうが親父と一緒にいろいろな話もできるし、生活のリズムにも乗れるから、一人でダラダラと勉強しているよりはいいかなと思うんですよ。

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過去の取り組み

土曜日は、3月まで働いていた学校のPTA歓送迎会でした。

立場としては、卒業生を送り出すのと同時に職場からも離れたので、「名実共に、これにてお役ご免」といった感じになるわけです。

でもねえ、そうは言っても、一年間ずっと一緒に学校生活を送ってきた教え子が去年と同じことをしていたり、先の見通しが立たない状況になっていると、やっぱり気になりますね。

たとえば身だしなみ。「恥じらい」というものは、どういう風に身についていくものなのか、私にはいまだによくわかりません。ただ、身につかなくても、年は取っていきます。そうすると、何の疑問も持たずにずれた下着(ブラジャーのストラップが肩からずり落ちる)を人前で直すんですね。靴下ならいいけど。「面倒だからここでやっちゃえ。」っていう感じでもないし。本人は、ずれたから直しているだけなんです。

これは一年間ずっと、折に触れて指摘してきたことでした。「それは恥ずかしいことなんだよ」とか、「誰もいないところ(更衣室やトイレなど)でしましょうよ」と話す一方、本人が使いこなせる下着(スポーツブラ)に交換してはと保護者に提案したこともありました。ところが・・・あれ? 今も同じことを・・・。これに関しては、この一年間の効果がなかったことになる。

ほかにも、卒業はしたけど、就職できずにただ家にいるだけっていう教え子もいるし、そうかといっても転出せずに学校にいる教員だって、新しく別の生徒を受け持つから卒業生の対応までは手が回らないこともあるだろうし、心配のネタはしっかり残っています。

いまのところ緊急性は小さいからまだいいのだけど、せっかく生まれてきたのだし、卒業生として送り出したときの担任が、「はい、さようなら」とほったらかすわけにはいかないわけです。在校生だったら、担任の教員がいるからいいけど、卒業生には連絡だけでも取って、採用試験が終わったら、多少のやり取りをしてみようかなと考えています。

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2006年6月 2日 (金)

どこで貢献するか?

みなさん、いつもコメントをありがとう。

ユキエさんからいただいたコメントに、こういうお話がありました。
これがまた、私がよく悩むことに関係してくるんですよ。

「よし!明日は、お手伝いしよう!(気合い?)

とは、言っても母がやって仕事に出掛けたりするから、早起きしなきゃ!(できるのか?)」

もし、私がこれを同じように実現するとしたら、「タイミング」っていうものが大きく関係してきますね。
私はね~この「タイミング」に弱いんですよ(^^;。。。

さて、私の場合は、こんな流れが頭に浮かびます。

 「母がする前に、自分がする」 → お手伝い成功!

そのためには、細かく考えてみるといろいろな条件がかかわってきます。

 「早起きすること」

 「(自分にも予定があるなら、)あとの予定に影響しないこと」

じゃあ、前もって宣言しておくという手もあるかな。
なんて考えたとして、予想される結果の中で恐ろしいのは、
「早起きができない」
ということですね。

これがまた、私にはありがちなパターンなんですよ。
結局できなくなるとか、予定が狂ってしまう。
そうなると、ますます自分のことが嫌になってしまう。
だったら危ない橋を渡るのはやめようかなって考える。
何もしない、貢献しないから、信頼されない・・・・・。

それじゃ面白くない、何にもならない。

だったらできるだけ実行しやすいことをしよう、と考えました。
それで、夜に食器洗いをしています。
これなら次の予定が詰まっていることもないし、自分が取り掛かりやすいタイミングで実行することもできます。
しかも、うちのおふくろは夕食のあとはだいたいのんびりしているので、食器洗いの「先を越される」っていう可能性が小さいんですね。

良い条件が重なったおかげで前回書いたような良い状況になっているんだなと思います。

ユキエさんは締めくくりのところで、
「無理はしないように! マイペースで、頑張りましょう!」
と書いてくれました。
これがまたその通りなんですよ。
調子に乗ってあれもこれもと欲張ると、たちまち自分の予定に自分がついて行かれなくなってしまいます。

あわてないで、落ち着いて、少しずつ進めていきたいところです。

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2006年6月 1日 (木)

ギブ・アンド・テイク

試験の準備で忙しいはずなのに、芝刈りやイチゴ摘みをしているのは、それなりの理由があります。

家庭内の「安心できる基盤」が弱いんです。

なんていうかね~、心のよりどころっていう表現が似合わないような雰囲気があるんだね。父は「がむしゃらな性格」で前進あるのみ、母は愛情の注ぎかたをよく知らないような性格でした。

進学や就職となると、「自分のことだから」ぐらいしか言わない。それはそれでいい。明けても暮れても「勉強しろ」なんて言われたとしたら、うるさくてかなわない。だけどね~、「このごろ、調子はどうだい?」とかさ、「なにか困ってないか?」とか、少しは言って欲しかったなって思う。

今もそういう状況はあまり変わらないです。仕事に就いていれば、任地が離れていたから一人暮らしだったので、あんまり気にしなくて済んでいたんですね。だけど仕事がなければ実家にいるわけで、試験の準備に専念することになる。

つまらん、たまらん、やってられない・・・なんとなく嫌な予感がしていました。

そこで考えたのが、「家族の役に立つこと」でした。ギブ・アンド・テイクですね。やっぱり、家庭でも社会でも、その一員だったら何かしないと。

両親に宣言したわけじゃないんですが、皿洗いと米研ぎ、風呂沸かしはほとんど毎日しています。「やれ」と言われれば「ナニッ」って思うけど、言われる前に自分から勝手に(←自主的に!?)始めれば、「少しは自分も貢献している」「少しはこいつも役に立つ」って自他共に思うようになるわけです。

大成功だねえ、多分。お互いに相手のことを認めるようになってきた感じです。見る眼も変わってきたし、気分がいい。親近感みたいなものができてきたかな、もともと家族なんだけど。

逆にいえば、感情的な面ではそのぐらい薄っぺらな信頼関係だったんじゃないかと思う。

前よりも少しは親に対して素直になってきたかな。ようやくうちの親子関係もいい方向へ進んできた気がしますね。面白くなってきたなあ。

そんなわけで、芝刈りやイチゴ摘みもしました。そもそも忙しいとはいっても、一日中ずっと勉強しているなんてちょっと考えにくいことだし。

これでまた少しずつ頑張れるかな。

うわあ、朝日が差し込んできた~、パンパカパ~ンと! これから少し寝ます。

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